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釜山市指定文化財

凡方3層石塔

凡方3層石塔
  • 所在地 :江西区凡方洞1314番地
  • 文化財種別 :釜山広域市指定文化財記念物第23号
  • 指定年月日:1989年3月10日
  • 概要:菉山凡方(塔洞)村の裏側に位置している廃寺址にある3階建ての石塔だ。1972年2月12日慶尚南道地方有形文化財で指定されたが、行政区域の改編で、今は釜山地方有形文化財第23号に変わった。
  • この塔は高麗初期に作られた石塔で推定される。この塔の北側には高さ約2mほどの丘上に法堂の址として推定される平地があるが、築台や階段のような施設の址は全然なくお寺の名前も伝わっていない。この石塔は花崗岩で作られ、二重基壇の典型的な3階石塔であるが、現在高さ2.7mの小型石塔だ。 上昇基壇の面石1枚と3階の屋身石がなくなって塔頭の露盤だけが残っている。屋蓋石の高さが2階に大きく減ったことから、新羅石塔様式を充実に受け継ぎ高麗初期に作られた優雅で淡白な石塔だ。

天城鎭城

天城鎭城
  • 所在地 :江西区天城洞1613番地
  • 文化財種別 :釜山広域市指定文化財記念物第34号
  • 指定年月日:1989年3月10日
  • 概要 :日本から釜山鎭海へ入って来る海岸道路の要衝において昔から倭寇が侵入する要所だった。1544年(中宗39年)蛇梁鎭に倭変が起きると、ここでの防御の必要性が大きく感じられ、海方へ石を積んで兵船を保護する施設とともに、鎭堡を逐造して水軍を駐屯させた。加徳鎭所属で萬戶を置いて、壬辰の乱当時に我が水軍が安骨浦に停泊している倭軍艦隊を攻略する時、背後陣営の方へ重要な役割を果たした。一時は倭軍によって陷落されたが後で復旧された。 城壁の周りは長さ約960m、広さ4,5m、高さ約3mで、朝鮮中期の築城様式で作られた。1988年12月23日慶尚南道記念物で指定されたが、1989年1月1日釜山市江西区に編入されるに伴って同年3月10日釜山市指定記念物第34号として再指定された。

加德島斥和碑

加德島斥和碑
  • 所在地 :江西区城北洞344番地天加小学校内
  • 文化財種別:釜山市文化財記念物第35号
  • 指定年月日:1992年6月20日
  • 概要:1866年旧韓末興宣大院君によって丙寅年に造り始め辛未年(1871年)に建てられた物で、元々加德浦口(今のソンチャン)にあった物をここへ移しておいた。碑の大きさは1.28m×1.45m×0.16mであるが、碑文には『洋夷侵犯非戦則和主和売国我戒万年子孫』という文章が書かれている。“西洋・倭寇が侵犯するのに争わないことは、すぐ和親をしたいという意味であり、和親をしたいということは国を売ることだということを私の子孫万代へ覚ましてくれ!”と全民に警告した包告領だ。このような斥和碑は我が国辺境地域のあっちこっちに立てられていた。

加德島自生冬栢群落地

加德島自生冬栢群落地
  • 所在地 :江西区大項洞13-12番地一帯
  • 文化財種別:釜山市指定天然記念物第36号
  • 指定年月日:1992年3月20日指定
  • 概要:加德島南端東海岸絶壁の上にある24万㎡に自生椿木が数万本あるが、その中でも樹齢が150年以上で推定される木も2,500本ほどが自生して海岸の奇岩怪石と調和な絶景を成している。冬の北風寒雪の中でも孤高な姿態を威張る椿が赤い花つぼみを咲き始めるのは1月中旬から4月中旬までだが、その美しさを誇りながら絶頂を成す椿は双子葉植物の常緑喬木で背が約2mまで伸びて、花は赤色で枝先に1個ずつ咲いて秋に実を実る。 我が国の南部地方には多い椿が伸びているが、その中でも特に江西区天加洞の児童島と呼ばれる一帯は、野生椿が自生する所として全国で一番規模の大きいことで有名だ。 加德島の野生椿の葉は特につやが多く出て、小さな花の姿はしっかりして色が鮮かなのが特徴だ。

生谷加逹古墳群

生谷加逹古墳群
  • 所在地 :江西区生谷洞93-1一帯(加逹村裏山ハクベ洞)
  • 文化財種別:釜山市指定記念物第43号
  • 年代:5~6世紀頃
  • 発掘 :1989年12月18日~1990年2月13日
  • 調査機関 :釜山市立博物館
  • 指定年月日:1996年5月25日
  • 概要 :菉山生谷洞加逹村裏山に分布されている加逹古墳群は、5~6世紀の民墓が集団的に群集している古墳群で、三国時代集団墳墓遺跡の中で一番南側に位置している。数回の発掘調査の結果、盗掘状態がひどく小型石槨墓を除いた竪穴式石槨墓は、ほとんど副葬遺物が遺失されたことで現われた。こちらでは、瓶、杯、鎌、斧、大刀、手刀、矛、矢先など、土器類と武器及び工具類と金製または金銅製のイヤリングとガラス玉と玉で作ったネックレスが出土されて、昌寧式高杯が出土され三国時代の古墳では珍しい資料として伽揶地域内集団間の文化交流状況が見られる良い資料になっている。

凡方貝塚

凡方貝塚
  • 所在地 :江西区凡方洞197番地一帯
  • 文化財種別:釜山市指定記念物第44号
  • 年代:新石器時代
  • 発掘 :1991年10月23日~12月12日
  • 調査機関 :釜山市立博物館
  • 指定年月日:1996年5月25日
  • 概要 :菉山洞凡方貝塚は、新石器時代の前期、中期、後期に該当する3時代の文化層で形成されている遺跡で、菉山洞竹谷から凡方へ入って行き、農地に開発された所で発掘された。 凡方貝塚で確認された遺構は、円型炉址及び集石遺構と土壙墓などであって、その他に住居地や施設物は検出されないことから、貝種類や動物などを料理するための野外施設で推定されている。こちらでは新石器遺物として櫛形土器、石斧、石刀、砥石、打製石器、骨道具、釣り針、練磨石、土人形、矢先、ネックレスなどと各種の貝類と肉骨が出土された。 特に、こちらでは我が国で一番古い子供の人骨化石が発見された。身長は約130cm、年齢は11~13歳に推定され、これを凡方子供と称した。

駕洛竹島倭城

駕洛竹島倭城
  • 所在地 :江西区竹林洞787外32筆地、4361番地外32筆地、鳳林洞373番地外1筆地
  • 文化財種類:市指定文化財記念物第47号
  • 指定年月日:1963年1月21日
  • 概要 :先祖26年(1593)壬辰の乱の7月、晋州城を陷落させて帰ってきた倭将ナベシマナオシゲと彼の息子ガツシゲがこちらに寶蓋を積んで数年間駐屯した。 この城は甘同浦~亀浦城と一緒に城の下に船舶を停泊させることができた。面積は30,000㎡ほどで築城する時は倭軍が占領地の朝鮮民を強制に動員させ建てたが、年間4万名ほどの人足が動員されたことで推定される。現在は約100m程度の城壁だけが残っている。 日本人によって建てられたが、強制で動員されたご先祖の血と汗で建てられた文化遺産であるため大切に保存しなければならない。

加德島灯台

加德島灯台
  • 所在地 :江西区大項洞13-2番地
  • 文化財種類:市指定文化財記念物第50号
  • 指定年月日:2003年8月
  • 概要 :江西区大項洞13-2番地に位置している加德島の灯台は、1909年12月大韓帝国時期に建築された灯台として、建坪105.6㎡、灯塔(8角形)高さ9.2mの当時としては雄大壮厳な概観を持っていた。建築様式をよく見れば、灯塔はゴシック型でフランス灯塔形式と似ていて、出入口には進入階段の幅に合わせ木材を利用した突出型傾斜玄関を設置して、上部現板には朝鮮皇室の象徴であるスモモの花文様が刻まれているなど、韓国、日本、ヨーロッパの建築様式が混合した構造になっている。 近代西欧建築の様式・建材・意匠手法などが初めて使われた建物の一つで、当時に建立された多くの灯台がほとんど原型が大きく毀損されたのに比べ、加德島の灯台はほぼ原型を維持しているという点で、歴史的、建築史的に文化財としての価値が引き立つ。